2012年9月5日水曜日

昭和な夏休み【国語担当】


1970年代、数ちゃんも私も小学生…当時、
「夏休みの友」っていう課題冊子あったよね?
3050ページほどの冊子で、教科ごとの復習問題や
課題図書(読書感想文用)・自由研究のすすめ…等が
綴られていた。 夏休みは、1ヶ月。真ん中あたりに
登校日があった。夏休みは毎朝、ラジオ体操(町内会主催)。
ラジオ体操カードにハンコをもらい、肝油を1粒もらう。
帰り道、自由研究の昆虫採集や押し花用の花を探す。
蚊に刺される→自宅でキンカンをぬる→とてつもなく沁みる↓。
朝食はもっぱら、夏野菜と納豆。水分補給の基本は、麦茶。
ヤカンごと冷蔵庫に冷えていた。
涼しいうちに勉強しなさい…と言われ、午前中は
「夏休みの友」。昼食は「ひやむぎ」。今でいう素麺なの
だが、色つきの麺が何本か入っていると、妹と取り合いに
なったりした。午後は、昼寝を言い渡され、扇風機を
回し、お腹にタオルケットを掛けて、ゴロリ。
おやつは「とうもろこし」か「スイカ」が定番。来客時は、
カルピス(もちろん原液を水で割って飲む!)。
暑い…なんて言うと、「夏は暑くて当たり前」とバッサリ。
夕飯は、またまた夏野菜と冷ややっこ。夕方になると、
蚊取り線香を焚き、夜は、緑色の蚊帳を吊ってその中に
布団を敷いて寝た。プールといえば、学校のプールのみ。
母の実家が猪苗代湖のすぐ近くで、夏休みはいとこ達が
大勢泊まりに来ていて、私たち姉妹も1週間くらい滞在した。
なんたって猪苗代湖は、無料で泳ぎ放題!(私は猪苗代湖を
海だと思っていた…向こうに見えるのはアメリカ!って
…実際は、会津若松↓)。
私は実家が商売をしているので、家族旅行に行ったことが
ない。6年間で一度だけ父がいわき市にある「ハワイアンズ」
(当時は「常磐ハワイアンセンター」と言った)に連れて行って
くれた。これも、マジで「ハワイ」(アメリカ!)だと思った…。
「昭和の夏休み」は、ある意味…平和だった。

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