2012年11月10日土曜日

なりたい自分【数学担当】

随分昔の話になるが、
人はみな、心の奥にある「そうなりたい自分」を持っている(けれどなれない)人に対して
不快感を持つ
という文章を読んだことがある。
やっかいなことに「そうなりたい自分」というのは、本人自身が気づいていないことが多く
だからこそ、なんとなくムカついたりしちゃうらしい。
ごく稀にだけれど、なんか意地悪されちゃってる?って時
「ほっほ~、この人は私みたいになりたいのね。憧れちゃってるのね。」
と思ったりする。
するとなんだか、いろんなことが気にならなくなったりして
この話を読んでからは気が楽になった。

国ちゃんはオッパイについて、「そうなりたい自分」には含まれていないみたいだから
胸の大きさに自信のある私についてムカついたりはしていない…よね。
私自身は高学歴に対して「そうなりたかった自分」があり
若いころの不勉強さが「そうなれなかった自分」にしてしまった
と今でもコンプレックスに感じている。
お友達が「私たち津田塾で先輩後輩だったんだよ」なんて言っているのは
すごく羨ましいと思ったし
国ちゃんの早稲田卒には、憧れがある。
でも、国ちゃんにムカついたりはしないわけ。
思っているほど、実はコンプレックスになっていないということなのか。

一方で、時間にルーズなことについては、ちょっとムカついたりしてしまう。
自分が最後に到着したりすると、それが待ち合わせ時間内であっても
なんだか遅刻してしまったような気になる。
ましてや、遅れていった場合、実はずっと密かに反省している。
だからいつも決まって遅れてくる人はちょっと苦手だった。
それって本当は、時間にとらわれない自分になりたいってことなのかも。
学生の頃はかなりの遅刻魔だった私。
社会人になってから徹底的に叩き直された。
今日もこのブログを書くのに、もう1時間経過。
あ~、もう時間が…遅刻する~ (>_<)

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