2011年7月13日水曜日

曖昧な日本語の表現について 【国語担当】

日本語という言語は本当に曖昧です。
例えば、話し合いが持たれ、そこで意見を求められたとき。
あてられて言う言葉は「特にない」。
ここで問題なのは「特に」という言葉。
「特に」というのは、何気なく発する言葉で、「特に」意味はないようですが、
実際の意味としては、「意見はあるけれど、別に言わなくてもいい」ということ。
何気なく「特に」「多分」「~だと思う」「~かも」と使っているのを耳にします。
何かを食べた時に「これおいしいかも」、
好きだなと思うものに対して「好きかも」、
行きたいと思うことに対して「行きたいかも」と、断定を避けて言います。
自分のことなのに…。

ここ数年で、はびこりまくっている「~的」「~みたいな」というのも、
断定を避ける、という意識から若者が使い出したそうです。
それから、コンビニで800円の買い物をして千円を支払った場合、
「千円からお預かり致します」とよく言われますが、
千円から、ということは、もっと払わなければならない、という事になります。

よく使う「結構です」というのも曖昧!。
肯定、否定どちらの意味にもなるからです。
また、「パソコンとか持ってる?」につく「とか」や、
「パソコンなど持ってますか?」の「など」は、
決して、パソコンに限らず、それに似た機械も含めてを持っているか?
と聞いているのではありません。
「パソコン」を持っているのか聞きたいだけなのですが、
ぼかすかのように「など」や「とか」が使われてしまうのです。

周囲との調和を保つ為の曖昧さだと言われますが、
正に言葉は国民性を表していると感じる今日この頃です。

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