2013年5月3日金曜日

英語は英語で【国語担当】

私たちは、英語(会話・文章)に出会った時、日本語に
訳して理解し、日本語で返答を考え、また英語に直し、
回答するのが一般的である。頭の中を支配していのは
日本語だ。
日本で英語を学び始めた人であれば、日本語を使って
英語を理解するように勉強し始めたのだから、日本語を
介さずに英語を使うということは、不可能に近いと思う。
詰まる所、日本の英語教育にも問題があると思うが、これは
教育論の複雑な話になるので割愛。
英語を、日本語を介さず、英語のまま理解することが
真の意味で、理想的あると私は思う。

以前、帰国子女のお嬢さんに古文を教えたことがあった。
内容把握の為に、古文を英訳して提示したが、英訳すると
ニュアンスが微妙に違ってしまうことに気づき、古文は
古文として学ぶ重要性を実感。
もしかしたら、英語だけではなく、今、話題の北の国もしかり?!
和訳したテロップを読むと、捉え方によっては、かなり
上から、無茶苦茶なことを言っているように感じる。
(あの女性のアナウンサーの話し方も威圧的だし…)
しかし、北の国の心で聞けば、感じ方/受け止め方が全く
違ってくるかもしれない。
話は戻るが、今年のセンター試験の論説…小林秀雄…問題としては
過去最低の評価。「センター試験テロ」とまで言われる始末。
小林秀雄の文章は、小林秀雄の心で読むことが大切であり、しかし、
それは難解極まりなく、ゆえにセンター試験の問題にしては
いけないと思った。東大の二次試験…なら…可!

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