2013年4月10日水曜日

五十にして天命を知る【国語担当】


数ちゃん、お誕生日おめでとう。
50歳…平均寿命を考えても、もう半分以上生きてきたんだね。
20代の頃、50代っていうと、初老の域に達してる感があったが、
50代を目前にして、意外に元気であることに驚いている。

さて、本題…
論語の中にある、余りにも有名な孔子の言葉。
「吾、十有五にして学を志す
 三十にして立ち 四十にして惑わず
 五十にして天命を知る 六十にして耳順がう
 七十にして心の欲する所に従って矩を踰えず」
七十を過ぎた孔子の述懐であり、解釈は様々であるが、
一理有り(私なりの解釈において!)…と思う今日この頃。
孔子先生に遅れること3年、18歳で何とか学を達成(一応)。
30代で子どもも生まれ自分の家庭が出来上がった。
40代…今だに迷ってばかりだが、40代は子育て・子どもの
受験や生活に忙しく、立ち止まって考える余裕もなかった。
50を迎える今、やたら哲学的になっていて、「自分の分」という
ものを再考し、自分が果たすべき役割について(天命)考える
機会が多くなり、実際、暇さえあれば、考えてばかりいる。
時間的にもそういう余裕が持てるようになったのかもしれない。
孔子は、60代で人の言葉を素直に聞き入れ、70になると
自分の全行動は道徳の規範から外れることはなくなった…と言う。
私なりに解釈すれば、60代にもなれば、様々な噂話などを
右から左に上手く受け流せるように(丸く)なり、70代では
心身ともに穏やかな老後を過ごせるように…なっていればいいな~
ってとこだろうか。

2013年4月6日土曜日

DECADE 【数学担当】

唐突だが、明日誕生日である。そしていよいよ大台に乗る (>_<)。
10代から20代になる時は、大人の一員になれる喜びが大きかった。
20代から30代になる時はとても嫌だった。
一気におばさんになってしまう気がしたから。
30代から40代になる時には、何かを感じたかどうかあまり記憶がない。
そして今回。ちょっと嫌である。
もう雑誌STORYは卒業年齢になってしまう。
バースデーケーキのろうそくは5本になる(50本は立てられない)。
アンケートに答えるときは50代のゾーンに入れられる。
地域の友達は40代が多いし…。
一つずつ数え上げてみたけれど、でも嫌なのはそのくらい。
案外少ないものだ。
すでに大台に乗った友達は、みんなオシャレで実年齢よりずっと若く見える。
だから、あまり危機感を感じないのかも。
私も彼女たちにあやかって、まだまだ流行に敏感でいたい。
あと10年は数学教室を続けたいしね。
年下の夫は「明日から夫婦50割引(どちらかが50歳以上なら2人で2000円)
で映画が観れる。楽しみだな~。」と喜んでいる。
さて、next decade はどうなっていることか…。
夏に誕生日を迎える国ちゃん。今の心境は?

2013年4月3日水曜日

塾に求めること【国語担当】


特定の塾の存在意義は、特定の目標を達成させること…である。
そして、一般の塾の存在意義は、成績の向上…であろう。
塾ごとに固有の特色を掲げ、生徒獲得に励んでいる。
個別指導・集団授業・特定の有名校合格に特化している塾もある。
そこに、親(費用負担者)の希望(切望に近い)が入る。
数ちゃんが書いているようなことだ。
そして、更に実は受講者本人の希望(願望に近い)が入る。
これが、何とも量りがたく、「友だちが行っているから」とか
逆に「知り合いが誰もいないから」とか「通いやすいから」とか、
塾の存在意義や親の希望とは、かけ離れている場合が多い。
この三者間のギャップの一番少ない塾が、良いのではないだろうかと思う。
私は、一般の塾(受験を当面の目的としない)通いも、
「継続の大切さ」を学ぶ場所として有意義であると、重視する立場だ。
特定の塾の場合、TPO(学ぶ時間・場所・大勢の中で学ぶ機会)
・情報(受験に関する情報)・テクニック(独特の解法)の三点重視。
予備校選びの法則…講師の代ゼミ(代々木ゼミナール)、
生徒の駿台(駿台予備校)、机の河合(河合塾)…というのを
よく耳にするが、これが言い得て妙である。
私は代ゼミ出身者であるが、確かに個性的な講師陣の授業は圧巻で
楽しかった。が、長男は河合を選んだ。トイレと自習室がきれいだった
から…らしい。今、私たちの時代にはなかったビデオ(DVD)授業と
いうのが主流。これが、良いという声も大。
結果的に志望校に合格できれば、◎…ってことかな。