2012年10月10日水曜日

模索⑤…中年期【国語担当】


子供が生まれて、母親となってからは、社会との接点は
子供を通してのみとなり、子供を介しての付き合いが
中心となった。それこそ、共通点は「子供がいる」と
いうだけ。学歴・経験・思想どころか、価値観に至るまで
相容れぬ人たちと出会い、理不尽で、不条理なことを
平然と主張する様に驚愕し、理解に苦しむことも多々あった。

今から10年ほど前に転勤先の地方で知り合ったKさん。
彼女は、霊感が強く、その為か安易には、心を開かない人だった。
ふとした話から私が「霊感」について、興味本位ではなく、
真面目に受け止めていることを感じたと言って、心を開いてくれる
ようになった。“おじさん”との時のように、様々な事象について
彼女と話をした。やはり彼女も「何の為に生き、何をなすべきか」と常に
考えていて、それに「目に見えぬ力」が備わった言葉は
重く、説得力があった。彼女の話は、「アイデンティティー」確立の
為のひとつの指針として、私に大きな影響与えた。
私が生まれた意味、あの時あのように選択した意味、今ある意味、
そしてこれからの未来…全てがつながっているということを教えてくれた。

数ちゃんがいうように、「川の流れのように道筋はできている」の
かもしれない。自分では悩んだ末に出した結論であっても、私の
“流れ”は、決まっている/決まっていたのかもしれない。
ただ、その向き合い方によって、ポジティブにもネガティブにも
生きられるのでは、ないだろうか。同じ人生なら、明るくポジティブに
生きた方がいいに決まっている!…私は、そう思うことにしている。
しかし、数年後、その信念をも覆すような強烈な性格の持ち主に
出会ってしまうことになる…のだ!

2012年10月6日土曜日

社会人になって【数学担当】

ぐうたらな大学生生活を送ったけれど
時はバブル真っ盛り。
こんな私でも、無事就職することができた。
同期新入社員は、なんと1500人。
研修期間が終わって配属されても
まだ100人を超える新入社員が一緒だった。
男の子は全員大学院卒。女の子もみんな
有名大学卒業だった。
かなり劣等感を抱いた覚えがある。

この頃のことはあまりよく覚えていないのだけれど
多分この劣等感が私を動かしたのだろう。
結構真面目に働いた。
気が付いたら、バリバリ仕事をしていて
なぜか部下もいる立場になっていた。
次々と仕事をこなしていく達成感が
こたえられないくらい快感だった。
その一方で、性格は白黒はっきりしなくては気が済まない
またまたやばい感じになっていたわけで…。
結局のところ、この性格が子育て
もっと言えば公園デビューするときに
大変なことになっちゃったわけ。

…続く

2012年10月3日水曜日

模索 ④ 成人期【国語担当】


「アイデンティティー」を「自我同一性」と訳すとき
その解釈は…これこそが本当の自分であると実感すること…
である。その為には、青年期に、“自分とは何か、これから
どう生きていくのか、社会の中で、自分なりに生きるには
どうしたらよいのか、自分は何をなすべきために生まれてきたのか…
などという問いを通して、自分自身を形成していくことが理想的である。
これが、漠然とした観念・感覚的な世界で、無意識のうちに、
各種の選択を通して、認識されていたのではないだろうか。

さて、4年後、金融関係の会社に就職したが、ここから本格的な
アイデンティティーの葛藤に苦しむこととなる。
今までは、「類は友を呼ぶ」状態で、似たような仲間の中で
また似たような仲間を選び、過ごしてきた。が、ここからは、
年齢も学歴も経験も思想も…全てが違う仲間/相手と仕事をすることになり、
自分一人では解決できない非合理なことばかりの毎日。
社会の矛盾、本音と建前、事象の両義性に悩み苦しんだ。
ふとしたことで知り合った、50代の有名企業の部長(“おじさん”)が
専ら、私の相談相手だった(人生経験豊かな人であれば、このような
関係をどう呼ぶか、ご存知でしょう…)。
仕事を通じて悩んだり、考えたりしたことを、私は、“おじさん”に
相談した。私の悩みは若き日の“おじさん”の悩みでもあった訳で、
いつも嫌な顔をせず、真摯に向き合ってくれた。
“おじさん”は、社会通念・政治経済・倫理哲学・社会問題
思想/宗教問題に至る全ての分野において、造詣が深く、私は、
“おじさん”の言葉に再考し、熟考し、今ある状況を正確に把握し、
認識する材料を得ることができた。
そして、最終的には「何の為に生れ、何をなすべきか」という問題に
行き着く…というのが“おじさん”の経験からくる結論だった。
これぞまさに「アイデンティティー」模索の原点ではないだろうか。
私は、“おじさん”の存在に、言い知れぬ大きな影響を受けたのだ。